くるっとちゃきちゃき

一度だって交わることのないこの世界。

bitter

ふしぎな空の色。

いちいちほんとうに、なんでもないことを。

なんでもないことだからこそ、伝えたくなる。

ピンクと青の間なのにむらさきではないあの色は、なんて言うと思う?

そんな風にどうでもいいことをほがらかに話していたいなあ、なんて。

 

同じくらいの似たような夫婦を見ると、私の知らない貴方は、こんな感じなのかなあと。

ついつい目で追ってしまう。

見たって、想像したって、それはなんでもないのとなのだけれど。

そんな日々はまだまだ続いてしまっているよ、って。

残さない方が自分のためになるような記録である気がするけど、それでも。

 

私が年をとるように、あなたも年をとる。私よりも早く。追いつくことはないのだけれど、ともに年をとって、今年もすてきな一年にしようねって、そんな風に人生を歩める可能性があったなら、手段を選ばずにそこへ向かったかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが好きな甘いチョコレートになりたい

口の中ずっと 転がして溶かして まだまだ

足りないみたい あきらめちゃいこう

もう少しだけ待っててくれるといいなー!

 

 

 

悔しいけどあなたの目には映らなくて

このままじゃ忘れられてしまうかも

埋めたいな占めたいなあなたの心全部

どこにも行かないで!

もしも

あくまで、もしも。

願いが叶うなら。

連れてってもらう。

一番の人と、一番の場所に。

好きであることを隠さなきゃいけない関係なんてやっぱり嫌だけど。

そんな気持ちを受け止めてもらえなかったからには前に進むしかないんだけれど。

やっぱり好きだから。

大好きだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしもの話。

あの紙さえなければ、もっと正々堂々と伝えられたのになぁ、と。あの紙がある限り、私はどこまでも蚊帳の外で、世間の敵。たとえ繋がっていたとしても。

愛の形は自由だけど、たったひとつ、法という形で許されない形で好きになってしまったから。

これは永遠の、もしも。

 

いい加減ちゃんと向き合う。

人から逃げるのはもうやめよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、おっさんずラブにハマりました。腐女子ではないけれど、愛の形にこだわる必要はないんだと教えられました。最高のドラマだった。

牧くんはノンケになって私と付き合って!

いやでも春田とラブラブしてて!それを延々と放送してください!CSでいいから!

私は私

努力を頑張りたいよ。

やっぱりね、やっぱり、比べてしまうことは多いよ。親が当たり前のように進学させてくれた子が就職して、私なんかより全然高いお給料を貰っているのは、そうなる前から分かっていたことで、私の努力が足りなくて選択できなかったからこんなこと思うことすら本当はダメで。

 

高校生の頃から家にお金を入れてきて、でもそれは家では当たり前だと思っていたので、感謝されるとかされないとか考えたこともなくて。だって、自分がこの家に住んでご飯食べて生きているのだから。

 

それを価値観と言われてしまうと、私は両親揃った人をこうやってずっとどこかで羨ましく思ってしまい、その人たちとは価値観が合わないと言われてしまうんだろうか。私も心のどこかで妬み嫉んでしまって、"母子家庭で育った"ということで、これからも何かときっとつきまとうんだろうか。

 

そんな親を見放して、自分の人生を生きなさいと言う人がいる。

それを言えるのは、経済力がある環境で育った人か、1人で生きていくだけの経済力がある人(伴うだけの努力が出来た人)だと思うので、そういうことを言われてしまうと、どうしても分かり合えないなと思う。

 

 

 

確かにお給料は同い年の子より少ない。頑張っでも少ない。経験があっても少ない。

それでも、ここまで、大人になるまで育ててくれた母親を私は心から尊敬しているし、見放したいなんて1ミリも思ってないしそんなこと思う人は理解出来ない。

まぁ、母親なしに生きていける気がしないので、これは依存なんだろうけど。

 

 

 

 

私は私で趣味にも依存してるのは、こういう環境を忘れるためでしかないんだろうな。どうしたらいいんだろうな。人生って厳しくて難しいな。

それを乗り越えられるために努力をしたい。

ずっと努力はしたいと思ってるけど、難しいものですね。逃げるのに慣れてしまうと。

まずは、誰かとの比較をやめる!

異性に期待することはやめる。

でも結婚はしたーい!願わくば、大好きな人と、求めて求めあって、助けて助け合える人と!

 

 

 

 

 

私は私。私の人生。誰かと比べて幸せとか、無駄な物差しは捨ててしまう。捨てればいい!

自分の幸せは、自分で考えて自分で動いて、自分で掴む!

仕事も新しくなって大変だけど、新しいことはやっぱり好きだな。でも、結局同じところには変わりないので、コソコソと頑張ってみたいな。

誰にどう思われるとか、何でもいい!本当に大切にしたい人だけ大切に出来れば、人生それで十分すぎる幸せなんだから、そこを目指す!

 

バスタブの泡は多すぎて溢れる

恋愛不適合者というか、人生不適合者じゃないかと思えてくる。でもそれを誰かのせいにしてはいけない。わたしが悪い。わたしが選んだ道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日になればこの夢は醒めてしまうの?

そんな思いを知らなければ。なんてたらればを今日も今日とて抱く夜。

目の前のことを信じればいい。それがわたしにとって嬉しい言葉なら、素直に受け入れればいい。

 

それが出来なくて、どういう意図で発せられている語なのかをいちいち考えるから傷を負うのに。

それもまた、わたしのせい。

 

辛いことや悲しいことがあった時に、ただただ味方でいてくれて、抱きしめてくれる人がほしい。

それだけの願い、何て言いながらそれがとても難しいと、勿論分かっているよ。だから夢を見ていたんだと思う。そんな時間の夢を。温もりもあったし、感触も覚えているし、何もかも忘れられないけれど、それでも夢だった。夢だったの。

だって何もかも叶わなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだまだまだまだこのままがいい。

まだまだまだまだこのままが、いい。

 

わたしがずっとずっと願っていて、絶対に叶わないと分かっていたこと。それなのに願ってしまうのは、優しさという名の罪。

 

また一つ歳を重ねて、思い知る。

 

 

わたしからしたらただの深夜。夜更かしはいいことがないね。おやすみ世界。

大人の定義

20歳からが大人、というのが、この国の"大人"たちが決めた線引き。

その日を超えたら、ありとあらゆる鎖から放たれるというのは事実としてあるとして、だからと言って、やっぱりこれが大人なのだろうか、と自問自答をしながら、色んな思いや経験を重ねて少しずつ大人になる。

 

 

 

 

と、思っているけれど。

玉木宏〜〜〜〜〜!!!!!!

クソ最低不倫男だけど、エッチすぎる〜〜!!!!!!私も鎌倉のホテルで抱かれた〜〜い!!!!!

 

 

 

 

 

 

どっちもどっち。

自分のことしか考えられない人が子供。誰かの幸せを願えるのが大人。

私はそう思う。

だから私はまだ子供。あなたも子供で、男はみーんなこども。

夜明けの街で

今年は沢山本を読もうと思い、まずは家にある大量の小説から消費している。

消費、という言い方は適切ではないかな。

 

 

母が買い込んだ本を読むのも良いけど、古本屋で何気なく出会った一冊、というのもまた良いもので。

何となく取ったら物凄く良い話だったとか、そういった小さな喜びを噛み締めて生きることに徹したい気持ちなのです。今は。

 

 

 

 

 

 

 

そんな形で出会ったのが、東野圭吾さんの"夜明けの街で"。

選んだ理由なんて特になかったし、映画化されてるのを知ったのは読み終わってからだった。

不倫を軸にした話だというのを悟ったときは少し笑えてしまった。もはや私の意識とは関係のないところで、引き寄せられているのではないかと。

しかしまぁ、世の中の文学作品には物凄い確率で不倫要素が盛り込まれているのだと、触れるたびに思うようになる。

現実がそうだから、というだけの話なのかもしれないし、そういう作品たちが、そんな世の中を作り出しているのかもしれないし、分からないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物事は立体的に捉える。

赤い糸は運命ではなく、結果論。

 

その通りだと思うのは、私がそれを経験してしまったからなのか。今となってはもうわからない。

 

愛されたいというか愛したいです。愛された人の愛をまっすぐ受け止めて、その愛を返せる人になりたいです。

春。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、明日は何を読もう。おやすみなさい。

 

1年

思い出す。

終わらなければ、本当の終わりは来ないのかなと、考えても仕方がないことばかりを考えていた1年前を。

 

前に進めていないわけじゃないと思う。

それでも、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日もこんな風に晴れていた。寒かったけれど、空が青くて気持ちのいい日で。知らない土地を2人で歩いた、1年と半年の中で唯一、丸一日一緒にいれた日。

前の日にパン屋さんで買ったパンを朝食べて、市場で美味しいお寿司を食べて、美味しいパフェを食べて、少しお酒を飲んで、夜はジンギスカンを食べた。

こんなに鮮明なのに、もう1年も時が経ったんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生の幅だったり、選択肢だったり、どうしても狭いのは相変わらずだけど、その中でも生きやすくするために、私は今のような人間になったつもり。

 

 

愛想良く。人付き合いもそれなりに。相手には深く踏み込まず、こちらにも踏み込ませず。

辛い思いは趣味で解消して。

深く人に踏み込んでしまってろくな結末がないので、どんどん怖くなるのだけれど、それを悟られてはいけない。

自分のことを話すのは嫌。嫌。

 

基本的に信用なんてものはしていない。これは傷つきたくないという人が自然と行う自己防衛。一定数、否定してくる人がいるけど、人間全てを分かり合えるわけじゃないので、ここは仕方のない部分なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事も嫌だなぁ。

思っていることをの一部を伝えたけれど、これは私にはとても珍しい行動。

あんな思い抱えたまま仕事をするのは失礼にあたると思った精一杯の誠意。

思ってしまったことや感じてしまったことを、無理矢理別方向へ説得されたり、話しを深掘りされたり問い正されたり、そんなことをされたらもう本当にどうでも良くなるので全て言おうかな。貴方の気まぐれな選択で、人の気持ちぐちゃぐちゃにしたり何年間も無駄にされたような気持ちにさせたりされるのはもう勘弁です。

 

こんな立場に置かれてると、やたら俯瞰に長けてしまう。みんな愚か。

 

 

 

それでも、間違ってなかったなと思えることも。ちゃんとある。

私が次の道に進むのは、どうしても他者と比べるとハードルが高いのだけれど。それも、私の選択ということで。

 

人生うぇ〜〜い。

佐々木希のこどもに転生した〜〜い。