花火
中秋の名月が過ぎ、陽が落ちるのも早くなったというのに、窓の外から花火の音がする。やめてよ。夏はもう終わったの。
思い出させないでよ、切なくなるじゃない。
女は嘘を吐く生き物。男は騙される生き物。
ずっとそう思って生きてきた。でも、わたしは結構長いこと騙されている。騙されていることを分かっていて、騙されている。結局、騙されていたくて騙されているのだろう。
頭の悪いフリをする。そのほうが楽だから。女はちょっと頭が悪いくらいがちょうどいいから。気づかないフリをする、気づいて欲しくないことは理解しているから。こうして都合のいい女が出来上がる。
はじめから好きだったのかと聞かれたら、分からない。でも、見た目も、立ち姿も、仕草も、話し方も、物腰の柔らかさも、全てが上級で、見惚れてしまっていた。アイドルみたいな感覚。見られたらラッキー、話せたらドキドキ。そんな感じ。そんな距離感が楽しい。それで満足。
絶対に届かない相手なのだと、心のどこかで思っていると、無意識的に、私は思いっきりモーションをかける。本気で恋に落ちた相手には出来ない、あざとくて幼いモーション。
どうせ何もないでしょう?手を出すことなんてないでしょう。そんな歪んだ思考からなのだけど。
然程酔ってはいないけれど、甘い言葉を息を吐くように零す。距離を縮める、わざと触れてみたりする。でも、それでも、きっと来ないでしょう?分かっているから掛けられる、どうしようもなくしょうもない行為。同性からは敬遠されることもあるけど、全部嫉妬だと思うことにしてる。
彼は、無意識に罪深いひとだ。自分が何をすれば女は喜び、綻び、満たされるのか。本能で知っている。ただでさえ上級を纏う彼から、溶けるほど甘くてかたちのないモーションをかけられたら、足がすくむほど、何も考えられなくなるほど、舞い上がる。私の話。
悟る、このひとはこわい人だと。まぁでも、それを気付いた時点で、もう遅かったのかもしれない。どうにもできなかったのかもしれない。
上っ面だけじゃない彼を知る。本当はよく笑うひとで、冗談も零すひとで、女々しいところもあるひと。上級さからは感じさせないそんな一面は、母性を擽る。胸の奥の深いところを針でチクチクとつつくような、痛いくらいのときめきをばら撒く。狡いです。そんなの狡いです。子供みたいに笑って走って。そんなの狡いです。
そんな彼が私を抱きしめる。キスをする。愛を感じさせる。ひとつになる。
でも、彼は遠いひと。近づけば近づくほど。とっても遠いひと。雲の上のひと。
分かってる、分かってる、大丈夫。
大丈夫、わたし。
この季節は貴方を思い出す。きっと、もうずっと。どうしようもない、どうにもできない。
星の綺麗な季節がくる。
心のちぎれそうな時間がくる。
終わりがくる。
来ないで、来ないでよ。お願いだから。
それでもくる。
わたしは耐えられる?
大丈夫?
耐えられないよ。
耐えるしかないけどさ。
抱きしめてよ。そばにいてよ。
叶わない。あの夜に願っても叶わない。
叶う世界はある?
きっとどこにもない。
そうだね きっと時間の流れが 全てを洗い流してしまうね
ならそれまで大切にとっておこう。
想いも言葉も温もりも 涙も。
忘れなければと思うほど 胸の深くに刻み込まれるのは
それだけ想いが強いから。そういうことにしておこう。
会えないということより何よりも悲しいのは、君が僕に会えなくても平気っていうこと。
連れて行くよ君の想い出と、この春を歌にして。